こんにちは。「さぼリーマンのすみか」にようこそ。
今日は、僕が日々考えている壮大な(そして少しくだらない)テーマについて語ろうと思います。
それは、「ペットボトルの水」と「株式配当」、どちらが人生にとって価値があるのか?
という問いです。
「なんでそんな比較をするの?」と思われるかもしれません。
でも、僕のようなさぼリーマンにとって、この手の問いは結構真剣なんです。
人生とはつまり、選択の連続ですからね。水を買うべきか、それともそのお金を投資すべきか。
そこには、哲学的な香りさえ漂っていると思いませんか?
ペットボトルの水:即時満足の快楽
まずはペットボトルの水について考えてみましょう。
コンビニに立ち寄り、冷蔵庫から手に取った瞬間、すでに僕たちの体はその清涼感を予期しています。そして、キャップをひねるとともに、シュルシュルという音が夏の汗ばんだ記憶を蘇らせる。まさに、即時満足の極みです。
1本のペットボトルの水、だいたい150円前後。
それを毎日買うと仮定すると、月に4500円、年間で54000円になります。
驚くべきは、この金額がどれだけ小さな満足の積み重ねで成り立っているかということです。
でもね、満足感って案外クセになるんです。
一度味わうと「まあいいか」となり、気づけば毎日のルーチンになってしまう。
株式配当:未来の満足を積み立てる
さて、一方で株式配当について考えてみます。
150円を一つの株に投資したとして、それが年に何パーセントかの利益を生むとしたらどうでしょう?
仮に利回りが3%だったとして、年間4.5円の配当が得られる計算です。
大した金額じゃないと思うかもしれませんが、ここで重要なのは「複利」の力です。
仮にその54000円を毎年投資に回し、複利効果が働くとしたら、
10年後、20年後にはかなりの金額に成長しているはずです。
その金額で高級レストランに行くのもいいし、新しい趣味を始めるのもいい。
未来の満足感を買うという意味では、株式配当のほうがずっと持続的です。
ペットボトルの水を「飲むべきか否か」の葛藤
ここで面白いのが、僕たちが日常的にペットボトルの水を買う理由です。
それは、「喉の渇きを即座に満たしたい」という欲求です。
株式配当のように「未来のために今の快楽を犠牲にする」という考え方は、実に退屈に感じられるものです。だって、未来の自分なんて、結局のところ他人みたいなものじゃないですか?
でも、ここに僕たちの知恵が試されます。ペットボトルの水を買う代わりに、マイボトルを持参する。それだけで、150円を浮かせることができ、そのお金を投資に回せる。
これが、さぼリーマン的節約術の真髄なのです。
どちらを選ぶべきか?答えはバランス
結局のところ、「ペットボトルの水」と「株式配当」、
どちらが価値があるかという問いに対する答えは、バランスにあります。
たまにはペットボトルの水を買って、その場の満足感を味わうのもいい。
でも、常に「未来の満足」を見据えて、少しでも投資に回す余裕を持つこと。
それがFIREを目指す僕たちにとっての最適解なのです。
まとめ:小さな選択が未来を変える
この話の教訓は明白です。日々の小さな選択が、未来を大きく左右するということです。
ペットボトルの水を買うのか、それとも株式配当を得るために投資するのか。
その選択の積み重ねが、FIRE達成後の理想的な生活を形作っていくのです。
だからといって、僕はコンビニで水を買うことを完全に否定しているわけではありません。
でも、次に喉が渇いたときには、こう考えてみてください。
「この150円が、未来の自分にとってどんな意味を持つのか?」と。
その問いに少しでも思いを巡らせることができれば、もうあなたは立派なFIREの候補生です。
読んでくれてありがとう。あなたの中の何かが、少しでも変わればいいなと思う。